雑 穀
 雑穀の定義は様々ですが、多くは、モロコシ、アワ、キビ、ヒエ、シコクビエ、ハトムギといったイネ科作物に、タデ科のソバ、ヒユ科のアマランサス、アカザ科のキノアといった擬穀類を加えて雑穀類といいます。
 雑穀類は、不良な土地でもよく育ち、干ばつに強く、病虫害も少なく、無農薬でも栽培できること、穀粒は一般に小さいが安定した収量が得られ、長期間の貯蔵が可能であること、利用法が多様で栄養価も高く、機能性に富んでいること、生活習慣病の予防やアトピーなどアレルギーをもつ人の代替食に良いこと、酒の原料にもなることなど、その有用性が古くから高く評価されてきました。かつての「米を十分に収穫できない地域や人々にとっての貧しい食材」のイメージは今ではすっかり姿を消しています。

モロコシ(別和名:トウキビ、タカキビ、コーリャン、ソルガム;中国名:蜀黍、高黍;英名:sorghum、Sorgo;学名:Sorghum bicolor (L.) Moench)
 モロコシは、イネ科キビ亜科モロコシ(ソルガム)属の一年生草本で、稈と葉の外観はトウモロコシに似ています。熱帯アフリカのスーダン地域原産で、30以上の野生種がありますが、栽培種はSorghum bicolor1種のみで、その利用目的により、穀実用モロコシ(grain sorghum)、糖用モロコシ(sweet sorghum)、箒モロコシ(broomcorn)、飼料用モロコシ(forage sorghum)の4種類に大別されます。
 原産地スーダンをはじめ今なお主食の位置を占めるアフリカでは、モロコシの種子を粉にして作られる粉がゆ「クウオン」、モロコシとトウジンビエの粉で作られる粉がゆ「サガボ」、「コンゴ」あるいは「ダーム」と呼ばれる地酒として利用されています。
 一方、日本では山陽路を中心に、モロコシの種子を粉にした「寒ざらし粉(タカキビ粉)」、タカキビ粉で作る「だんご(吉備だんご)」、「だんご汁」、「かしわもち」、「すいとん」、「タカキビもち」などとして利用されてきました。また、食品用以外では、箒モロコシの飼料および生け花、ドライフラワー等の工芸用としての利用、飼料用モロコシの青刈り給与用およびサイレージ用飼料としての利用や根からの土壌養分、おもに窒素の吸収能が高い特性を活かして、ハウス内土壌のクリーニング植物、また畑の緑肥植物としての利用があげられます。飼料用モロコシは、炭水化物、植物繊維、ビタミン類、ミネラルを多く含むことから飼料として高く評価されています。

アワ(別和名:オオアワ、コアワ;中国名:粟(コアワ)、粱(オオアワ)、秫(オオアワ、コアワの糯);英名:foxtail millet、italian millet(オオアワ)、German millet(コアワ);学名:Setaria italica (L.) P. Beauv.)
 アワは、イネ科キビ亜科キビ連(族:Paniceae)のエノコログサ属(Setaria)に属し、その原型はエノコログサ(Setaria viridis Beauv.)と推定されています。栽培アワの原産地は、中央アジアのステップ帯から、インド北西部のサバンナ帯という説が有力ですが、インド北西部、黄河流域、長江流域などで別々に栽培化されたとする多起源説もあります。
 オオアワは穂型が大きく、小穂梗は疎に着生し、穂は下垂しています。日本で栽培されている品種はおおむね本種に属し、世界各国で収量・品質ともに優れています。コアワは穂型がきわめて短小で、小穂梗が密生し、穂はほとんど直上して小穂を密生しています。オオアワ、コアワともに粳と糯の区別があり、全国的にみると糯が多く栽培され、アワを主食の一部とするところでは粳を多く作っています。
 生態型からは、春アワと夏アワに区別されます。春アワは寒地に適し、生育初期にはあまり高温でない方がよく、生育日数は長く120~140日にも達し、遅播きするといちじるしく減収します。夏アワは暖地に適し、生育初期にはやや高温を好み早播きすれば生育期間が長くなって減収します。
 アワはタンパク質、脂肪に富み、消化吸収率も優れています。粳アワは精白して米と混炊し常食されます。糯アワは精米と混ぜて粟餅、粟おこし、焼酎の原料として利用されています。欧米では粉にして小麦と混ぜてパンにすることもありますが、主として飼料として利用されています。

キビ(別和名:マキビ;中国名:黍(モチキビ)、稷(ウルチキビ);英名:common millet、broomcorn millet、proso millet、hog millet;学名:Panicum miliaceum L.)
 キビは、イネ科キビ亜科に属する代表的な一年生草本で、中央アジアからインド亜大陸の北西部を起源とし、極東、ヨーロッパ、インド亜大陸各地、シベリアへと伝播したと考えられていますが、植物学的な祖先種は不明のままです。
 キビ属には、キビ(Panicum miliaceum L.)のほか、サマイ(P. sumatrense Roth)とサウイ(P. sonorum Beal)の3種が知られています。またキビ(Panicum miliaceum L.)は、ssp. miliaceumssp. ruderaleおよびssp. agricolumの3亜種に分類されます。ssp. miliaceumはさらに栽培型キビとトウモロコシ畑などの擬態随伴雑草タイプである非栽培型キビ(crop-like weedy biotype)に分けられます。染色体数は変異に富んでおり、2n=36(4X)、40、49、54(6X)、72(8X)などがあります。ssp. ruderaleはイヌキビといわれる栽培型キビ2n=36の逸出種で、世界的に広く分布する雑草です(2n=ca. 36、36(4X))。ssp. agricolumssp. miliaceumssp. ruderaleとの中間的特徴をもち、中央ヨーロッパに分布しています(2n=ca. 36、36(4X))。
 キビは比較的高温で乾燥する気候を好み、酸性土壌や干ばつに強く、また乾燥して肥沃な土壌を好みますが、土地を選ぶことが少ない作物といわれています。アワやヒエに比べ、概して生育期間が短いので高緯度地方や寒冷地にもよく適応し、その栽培範囲はアワよりも広く、日本でもいたるところに栽培され、とくに日照時間が短くて地味の劣る高冷地に多く作られています。 キビはタンパク質に富み、消化率も高いので米麦に劣らない栄養価をもっているとみられています。また、精白が容易で、?のとれやすい?稻黍(かいなきび)もあり、米に代わる食品としても優れていることから、米の不足する開拓地ではなくてはならない作物でした。キビにも粳と糯の区別があり、間食として利用されることが多いことから、糯がより多く作られています。また、精白米と混炊して食べたり、粉にして団子、餅などの菓子原料に利用される場合もあります。さらに、子実、稈が家畜の飼料として使われる場合もありますが、特に子実は家禽飼料として重要視されています。

ヒエ(中国名:稗、穇;英名:barnyard millet、Japanese millet、sawa millet;学名:Echinochloa esuculenta(A. Braun)H. Scholz(E. utilis Ohwi et Yabuno))
 ヒエは、イネ科キビ亜科キビ連(族)ヒエ属に属し、その中の野生種はノビエと総称され、栽培種がヒエと呼ばれます。ノビエとヒエとは、脱粒性をはじめとしてかなり異なった特性を備えています。
 ノビエにはタイヌビエ(2n=4X=36:Echinochloa oryzicola (Vasinger) Vasinger)、イヌビエ(2n=6X=54:E. crus-galli (L.) P. Beauv)、ヒメタイヌビエ(2n=6X=54:E. crus-galli var. formosensis Ohwi)、ヒメイヌビエ(2n=6X=54:E. crus-galli var. praticola Ohwi)、コヒメビエ(2n=6X=54:E. colona (L.) Link)があります。一方、ヒエにはインドの栽培種であるインドビエ(Indian barnyard millet:2n=6X=54;E. frumentacea (Roxb.) Link)、日本の栽培種であるニホンビエ(Japanese barnyard millet:2n=6X=54;E. esculenta (A. Braun)H. Scholz(E. utilis Ohwi et Yabuno:正式な学名は前者ですが、この学名も広く使われています))、中国の栽培種であるモソビエ(2n=4X=36:中国雲南省で栽培されており、野生種タイヌビエの栽培型で、学名は未だ付けられていない)の3種があります。インドビエの原産地はインドで、コヒメビエ(E. colonum (L.) Link)を栽培化したものです。ニホンビエは東アジア原産でイヌビエに由来すると推定されています。
 ヒエは朝鮮半島および日本で古くから栽培され、水田稲作のできない丘陵部の畑作農村や山村では、米に代わる主要穀物として重要な役割を果たしてきました。また、ヒエは雑穀の中でも最も耐冷性が強く、湛水状態でも畑地でも栽培が可能であること、多収で、しかも穀粒の長期貯蔵が可能であることから、救荒作物として重要な作物でした。
 ヒエは白米に比べタンパク質は1.7倍、脂肪1.5倍、灰分3倍で、ビタミンB1も多く、栄養価では米麦に劣りませんが、味が悪いとされています。米との混炊、団子、餅にして食べるほか、味噌、醤油などの原料とされます。また、家畜の飼料としての価値は高く、穀粒は濃厚飼料になり、茎葉やわらはイネなどに比べ軟らかく粗飼料としても優れています。

シコクビエ(別和名:チョウセンビエ、エゾビエ、コウボウビエ、ダイシビエ、カマシ、カモマタビエ;中国名:龍爪稷、鴨脚粟;英名:finger millet、African millet、birdsfoot millet、coracan、ragi;学名:Eleusine coracana(L.) Gaertn.)
 シコクビエは、イネ科スズメガヤ亜科オヒシバ属(Eleusine) に属する一年生草本で、染色体数は2n=36です。原産地はアフリカあるいはインドとされ、アフリカにあるE. africanaが同じ染色体数で、祖先種と考えられています。日本で雑草としてみられるオヒシバ(E. indica;2n=18)は近縁種で、本種の成立に関与しているという説があります。
 シコクビエは東アフリカ、インド、中国などで栽培されています。ヒマラヤの2,300mの高地までもみられます。日本では近年まで山間部の冷水田などで栽培されていましたが、今日ではほとんど見かけなくなっています。耐旱性・耐塩性が強く、土壌を選びません。収量は200kg/10a程度ですが、収穫種子の長期貯蔵が可能であることから、飢饉における貯蔵穀物として重要な地位を占めていました。
 シコクビエの穀粒は、米麦に比べてタンパク質、脂肪、ミネラルに優れ、粉にしてパン・ケーキなどに利用されます。稈は家畜の飼料として利用されます。穀粒からは発酵酒あるいはビールも造られます。発芽粉末は乳幼児あるいは成人の滋養食に、また近年では糖尿病患者に対する食事療法にも使われています。

ハトムギ(別和名:ヨクイ、シコクムギ、トウムギ;中国名:薏苡、噎珠;英名:adlay、Job's tears;学名:Coix lacrymajobi L. var. frumentacea Makino)
 ハトムギは、イネ科キビ亜科トウモロコシ連(族)ジュズダマ(Coix)属に属し、トウモロコシの近縁植物です。ジュズダマ属植物はジュズダマとハトムギに大別され、前者は種子および栄養繁殖による多年生、後者は種子によって繁殖する一年生の栽培種です。ジュズダマ属植物の起源は、南アジアとくにインドないし東南アジアとされ、日本へは江戸時代中期に導入されたといわれています。
 ハトムギは、畑でも栽培されますが、耐湿性が極めて強く、栽培期間中にかなりの過湿状態においてもよく生育します。この点はイネの代替作物として水田で栽培するのに適すると考えられる所以です。また、不良土壌においてもかなりの生産量を期待でき、とくに耐酸性は強いと報告されています。
 ハトムギは、漢方薬として利用され、殻を取り除いた穀粒を「苡仁(ヨクイン)」とよび、日本薬局方で認められている薬として利尿、イボとり、強壮の効果が知られています。栄養価の特徴としては、穀類の中でも高タンパク質・高脂肪であり、食物繊維を豊富に含み、ビタミン、ミネラル含有率も高いことがあげられます。漢方薬以外では、茶としての利用が多く、その他にハトムギ餅、ハトムギ粥あるいは発酵食品として味噌、焼酎なども開発されています。

ソバ(中国名:蕎麦;英名:buckwheat;学名:Fagopyrum esculentum Moench)
 ソバは、タデ科の一年生草本で、栽培種には普通ソバ(Fagopyrum esculentum Moench)とダッタンソバあるいは苦ソバと呼ばれ、自殖性であるF. tataricum Gaertn.と宿根ソバあるいはシャクチリソバと呼ばれるF. cymosum Meissn.がありますが、日本で栽培されているのは普通ソバであるため、単にソバといえば、通常、普通ソバを指します。
 ソバは、中国南部の山岳地帯で栽培化され、日本へは朝鮮半島、対馬を経由して導入されたと考えられています。その証拠として、対馬には中国南部と同程度の日長反応性の強い秋型のソバが分布し、それより南に秋型のソバが、そこから北上するにしたがい日長反応性がしだいに弱まり、夏型のソバが分布するようになることがあげられています。
 ソバは、日本では古来より救荒作物として確固たる地位を占め、近年でも年間10万トンを超える量が消費されていますが、現在その内の約8割は輸入に依存しています。利用の形態は多様で、そば食の最初は「そば米」の形からはじまり、次いでこれを米や他の雑穀と混ぜて炊く「そば飯」や「そば雑炊」あるいは単独で食べる「そば粥」にして利用するようになったと推定されています。粉食は、石臼で挽いてはじめて可能となるため、比較的新しい時代になってからと考えられています。粉食の原型は「そばがき」であり、その後、「そばきり」が登場し、日本各地の特産物と合わせて食べられている現状です。粉を使った菓子も国内各地で数多くあります。近年は健康食品としての評価も高まりつつあります。ソバは元来、コムギなどよりタンパク質含量も多く、良質なアミノ酸組成を有し、ビタミンBも豊富で栄養価が高いことが示されています。近年、ソバがもつ血管増強作用のあるルチンや抗酸化成分などが注目されています。さらに、ダッタンソバはそれらの含量が普通ソバより数十倍高いことから、機能性食品として積極的利用が図られようとしています。

アマランサス(別和名:ヒモゲイトウ、仙人穀(センニンコク)、繁穂ヒユ、種粒ヒユ、子実用アマランサス;英名:Grain amaranthus、Inca wheat;学名:Amaranthus hypochondriacus L.ほか)
 アマランサスは、ヒユ科ヒユ属に属し、60種余りあり、うち約15種が新大陸以外の原産で、他の多くは中米やアンデス起源といわれています。世界で栽培されているアマランサスの主な種は10種あまりで、子実用、野菜用、両者兼用のほか、飼料用や花卉用などに大別されています。
 アマランサス類の利用は、それぞれの種の原生地で始まったとみられています。8000年以上前から中米で野生種が利用され、4500年ほど前には栽培化がみられています。日本では、1000年以上前に、中国から渡来したヒユのほか、多くは江戸時代以降に渡来し、帰化した十数種が主になっています。
 アマランサスの茎葉には低度のシュウ酸塩や硝酸塩が含まれますが、ミネラルやビタミン類が豊富です。また、種子はリジンに富むタンパク質やスクアレンなどの不飽和脂肪酸を多く含み、食品としての機能性が高いことが知られています。

キノア(別和名:キヌア、キンワ;英名:Quinoa、quinua、kinoa、sweet quinoa、Peruvian rice、Inca rice;学名:Chenopodium quinoa Willd.)
 キノアは、アカザ科アカザ属に属する一年生草本で、アカザやホウレンソウと同属です。栽培の歴史は古く、紀元前5000年の住居跡とされるペルーのアジャクチョ遺跡からもキノアを栽培した痕跡が見つかっているようです。紀元1500年頃のアンデス地方はインカ帝国が支配しており、キノアの栽培を奨励していたといわれています。キノアは食用作物であると同時に、宗教的な儀式にも利用される重要な作物でしたが、1532年のスペインの侵攻・インカ帝国の滅亡により敵性の作物と見なされ、栽培がほとんど途絶えてしまいました。しかし、キノアの子実が優れた栄養特性をもつことが明らかにされたことから、再び注目を集めるようになり、現在では、ペルー、ボリビア政府やEUが栽培を後押ししており、生産量が増加しています。また、冷涼小雨な気候や痩せ地でもよく育つことから、デンマーク、インド、モンゴルなどでも導入が試みられているようです。
 キノアは、栽培されている地域に基づき、アルチプラノタイプ(Altiplano)、バレータイプ(Valley)、ソーラータイプ(Salar)、シーレベルタイプ(Sea level)と呼ばれる4つに分類されます。日本で栽培する場合、温暖な気候に適するシーレベルタイプの品種が栽培しやすく多収が見込めるといわれています。シーレベルタイプの中にはヨーロッパで作出された品種があり、アンデス地方の在来品種と比べ、安定的に多収を得やすい品種が多いとみられています。
 キノアは、栄養価が非常に高く、アミノ酸のバランスが優れていることから、近年、ヨーロッパや日本などで健康食品として注目を集めています。1990年代にはアメリカ航空宇宙局が理想的な宇宙食の素材の1つとして、「21世紀の主要食」と評価したほどです。ボリビアやペルーでは、キノアをスープに入れて煮て食べるそうです。果物と煮て甘い飲み物にすることもあります。発酵させてビールに似た飲料やチチャのようなアルコール飲料を造ることもあります。日本では、白米に混ぜて炊いて食べるのがブームになったことがありました。キノアを用いて味噌や醤油を製造しているメーカーもあります。。