EUにおける有機農業の取り組み
 気候変動や生物多様性といった気候・環境問題の議論が世界的に高まる中、2019年、ファン・デア・ライエン委員長率いる欧州委員会は、持続可能なEU経済の実現に向けた成長戦略「欧州グリーン・ディール(EGD)」を発表しました(原文和訳)。EUは、農業部門における環境対策に重点を置く流れを先導しており、EUで実現しようとしている食料システムにおける持続可能性を世界標準にする意図を表明しています。
 欧州グリーン・ディールの具体化として、2020年に欧州委員会は「ファーム・トゥ・フォーク戦略(F2F)」と「生物多様性戦略」という2つの戦略を発表しています。“公正で、健康で環境にやさしいフードシステムのために”という副題が示すように、健康な人々、健康な社会、健康な地球の間の密接な関係を認識するという観点からいえば「ファーム・トゥ・フォーク戦略(原文和訳)」は欧州グリーンディールの中心であり、「国連の持続可能な開発目標(SDGs)」を達成するための欧州委員会の活動の中心でもあるともいえます。
 「生物多様性戦略(原文和訳)」は、副題に“私たちの生活に自然を取り戻す”とあるように、生物多様性は食料安全保障を守るためにも重要であるにもかかわらず、危機的状態にある、という認識にたって、自然の保護と回復を目指す取り組みを策定したものです。そこでは、農民が生物多様性の保全にとって重要な役割を果たしており、多くのコミュニティの社会的および経済的中心であり続けなければならないと認識されています。
 欧州委員会は、「ファーム・トゥ・フォーク戦略」と「生物多様性戦略」の中で、“2030 年までにEU の農地の少なくとも25%を有機農業にし、有機水産養殖を大幅に増加させる”という目標を定めています。欧州議会は、「欧州グリーンディール」に関する2020年1月15日の決議の中で、農業には有機農業などの持続可能な実践を通じてEUの排出量削減を支援する可能性があると強調しました。2020年10月19日の「ファーム・トゥ・フォーク戦略」に関する結論書の中で、理事会は持続可能な食料システムにおける有機(農業)の役割を強調しています。こうした状況を受けて、2021年に欧州委員会は、「有機生産の発展のための行動計画(原文和訳)」を提案しています。
 EUは「共通農業政策(CAP)」によって加盟国が実施する農業政策の大枠を定めていますが、2021年に成立した次期CAP改革で、“持続可能な食料システムへの移行を管理し、EU の気候変動目標に貢献するとともに環境を保護するヨーロッパの農家の取り組みを強化する”ことを決めています。農業の持続可能性を高める取り組みの奨励策として、欧州委員会は「エコスキーム」とよばれる直接支払い制度を導入しています。加盟国は、それぞれの国のCAP戦略計画の中でエコスキームを設定することになります。欧州委員会は、2021年「エコスキームがサポートできる可能性のある農業活動のリスト(原文和訳)」を発表し、こうした方向をサポートしています。
 こうした有機生産のダイナミックな流れの中で、有機生産に対する消費者の高い期待に応え、十分な明確性を保証するために、欧州委員会は、有機生産に関する「理事会規則(EC)No 834/2007」を廃止し、新しい規則を制定する必要性を認識し、2018年に「欧州議会および理事会規則(EU)2018/848」を策定しました。「有機生産と有機製品のラベル表示」に関する新しい有機農業規則改正案は、2018年4月19日に、欧州議会で賛成466、反対124で承認され、これを受けて5月22日に、理事会で同案が承認され公表されました(原文)。その後、条文の数値を入れた具体化などの欧州委員会に委任された作業を行ったり(その間、新型コロナウイルス感染症の拡大などによる遅れもあった)、加盟国との調整等を経て、若干の修正や加筆を行った条文(原文和訳)が、2022年1月1日に発効しました。